2009年4月10日金曜日
Man Machine - Interface
我が家の掃除機はダイソンだ。ゴーゴーと音がする。ピーピーなどの呼び出し音がうるさいとの苦情の書き込みも多々あるが、日本の家電は総じて音が静かだ。冷蔵庫、空調なども、逆音波を出してわざわざ消音しているそうだ。アメリカは違う。ダイソンしかり、掃除機はゴーゴー。冷蔵庫はブーン。空調もガーーだ。家電だけでなく、エレベーターだってそうだ。日本のエレベーターは、停止がスムーズだが、アメリカは、ガッタンとなる。あれは、わざとそうしているのだと、かのシンドラーエレベーターの本社で話を聞いた事がある。つまりこうだ。日本人は、なんでも静かなもの、たおやかなものを好むが、アメリカ人は、機械が発する音や動きを好む。音がすることで、「ああ動いている」と実感するのだと、ビジネススクールで習った。さて、「好む」という言葉が微妙で難しいが、人間機械系における、環境との関係、機械、つまり「文明」と身体性との関係にかなりの差が生じているのだろう。どうでもいいいが、桜が散り始めたら暑くなった。
2009年4月9日木曜日
未知との遭遇 - 伝書鳩?
2009年4月8日水曜日
淘汰と適応 - コンピテンシー
200万年前から4万年前までの「進化適応環境(EEA)」の中で、ヒトは進化し、現在のDNAを形成したと言われる。昨日は「道徳はDNAの設計図の中に組み込まれている」と書いた。とすると、マンモスを追っかけていた時代には既に道徳的行動をしていた事になる。まさに「高貴な野蛮人」だ。これを正確に言えば、現代において道徳的というような行動をする種が、生存確率が高かったという事になる。近親相姦忌避をインセストタブーと言うが、現代では「ウェスターマーク説」と言って、それもDNAに組み込まれた生物生存確率増大のダイナミズムだ。ヒトは幼少期を過ごしたヒトとは、交わらない行動特性を持つ。動物は、子が独り立ちの年齢になると、故意に生活圏を分ける、というより追い出す。アメリカでは、成人すると同様な傾向があるが、最近の日本は違う。平和ボケ、豊かさの達成、社会構造、理由は色々あるだろうが、DNA的に結論付ければ、日本人の生存確率は間違えなく下がってゆく。
2009年4月7日火曜日
哲学の終わり - 「こころ」よ、お前もか
無知の知と言って、「自分は知らないということを知っている」と言ったソクラテスは、晩年は倫理と道徳について考えたというが、最新の認知科学者達によれば、多くの場合に道徳的判断は「直感的」に行われ、判断の後に合理的な理由付けが行われるらしい。更に書けば、5歳の子供は、既に道徳的判断ができる。道徳というと、それぞれの社会のルールであり、大人から教わる(今は知らないが、昔は「道徳」なんて授業が確かあった)ものだと考えるが、どうもそうではないらしく、DNAの中に組み込まれ、生得的に持っているものらしい。認知科学と言えば、何回か書いたが、「意識後付け」説で、人間は反応やj行動が先で、後から意識がついてくるという、あれだ。これは身体性についてだったが、道徳であれば、「こころ」についても、功利的判断が先で、意味づけは後だと言う事だ。延々と考え続けた多くの哲学者達にはただ「ご苦労様」と言うだけか。
2009年4月6日月曜日
歴史の冷凍庫 - 欧・日
先週読んだ、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」は、丁度先月行ったローマがメインの舞台だ。パンテオンやヌオボ広場、バチカンなど行ったばかりのところが出てきて、大変面白かった。さて、パンテオンは、紀元25年にアグリッパが立てた。同年代とは行かないが、週末行っていた京都も歴史では負けていない。平安はもちろんだが、昨日歩いていた烏丸の角の碑には、「ここで縄文土器が多く出た」とあった。桜見物でぶらぶらと歩いたのだが、在原業平邸跡なんてのもあった。元気が無くなった丸山公園の枝垂れの兄弟木の府庁中庭でこの週末まで公開を見て、最後は六角堂の枝垂れを見て、今回の見納めとした。六角堂は聖徳太子の建立と言われ、池坊が住職を務めている。、
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